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Ζ計画(ゼータけいかく、プロジェクト・ゼータPROJECT Ζ)は、アニメ機動戦士Ζガンダム』及び『機動戦士ガンダムΖΖ』にて設定上存在する架空の軍事計画。アナハイム・エレクトロニクス社エゥーゴによる高性能モビルスーツ (MS) 共同開発計画である。

なお、本項では解説の都合のため、一部のMSの名称と型式番号を併記する。

概要 編集

アナハイム・エレクトロニクス社とエゥーゴによる共同開発計画とされるが、詳細ははっきりしていない。エゥーゴの主力MSを開発する計画との説もあれば、次世代の可変MSを開発する計画との説もある。Ζ計画という名称がつけられた時期も明確ではなく、また、どこからどこまでがΖ計画の範囲なのか、いつまで続けられたのかなどは不明である。

判明しているのはΖガンダムを開発するための計画だったことと、原点はリック・ディアスの開発計画であること、主要なMSにはギリシア文字によるコードネームとガンダムの名がつけられ、後にアナハイム・ガンダムと呼ばれるようになったことである。

開発経緯 編集

γガンダム開発計画 編集

宇宙世紀0085年当時、アナハイムはガンダム開発計画に伴う事件により地球連邦政府の不信を買い、新たな受注を見込める状況ではなくなっていた。しかしながら兵器開発を停止するわけにはいかないため、独自に新規の高性能MS開発を始めた。そこに当時反政府組織エゥーゴを秘密裏に結成したばかりのブレックス・フォーラ准将が目をつけ、両者の思惑が合致し共同で開発することとなった。

エゥーゴは高性能の量産型MSとその母艦の開発を要求し、MSに型式番号「MSA-099」(後のリック・ディアス)を、母艦にコードネーム「ホワイトベースII」(後のアーガマ)をつけ、開発することとなった。

「MSA-099」には地球連邦からエゥーゴの動きを欺くための型式番号として「RMS-099」が与えられ、さらにその試作機として「RX-098」(後のプロトタイプ・リック・ディアス)が開発された。しかし、コストと開発時間を削減するために当時の地球連邦軍のMSと共通のフレームを使用したため、予定していた性能に達せず、開発は難航していた。

そこに新素材ガンダリウムγを持参したクワトロ・バジーナ大尉がエゥーゴに参加。問題は解決し、「MSA-099」にはコードネームとしてガンダリウムγを使用したガンダム「γガンダム」(ガンマガンダム)の名がつけられ、実機の開発が行われた。さらに、γガンダムは完成の際にクワトロ・バジーナ大尉により「リック・ディアス」と名づけられた。ちなみに、「ホワイトベースII」は宇宙世紀0087年の完成時に、メラニー・ヒュー・カーバインにより「アーガマ」と名づけられている。

なお、リック・ディアスの開発を担当したのはかつてガンダム試作1号機ガンダム試作3号機を開発した先進開発事業部「クラブ・ワークス」とガンダム試作2号機ガンダム試作4号機を開発した旧ジオン系の技術者が在籍している「第二研究事業部」であったことが後に判明している。

可変MS開発計画 編集

リック・ディアスの完成直前である宇宙世紀0086年、エゥーゴはアナハイムに対し可変MS (TMS) の開発を要求した。当時、実質的にティターンズの支配下にあった地球連邦軍は既に可変モビルアーマー (TMA)・アッシマーの開発に成功しており、これに対抗するためには20m級以下の可変MSが必要と考えたのである。一年戦争時代にはガンタンクガンキャノンガンダム(型式番号:RX-78)などのRXタイプMSに代表される「合体MS」は既に完成していたが、モノコック構造の組み合わせで実現された合体MSと違い、ムーバブルフレーム構造を必要とする可変MSの開発は辛苦を極めることとなったのである。

エゥーゴの要求は以下の4点だった。

  1. MS形態時に20m以下の頭頂高であること。
  2. 変形所要時間が0.5秒内であること。
  3. 宇宙・地球問わず全領域で運用可能であること。
  4. オプション無しで大気圏突入可能であること。

アナハイムはこれに従い、宇宙世紀0086年1月に「可変MS開発計画」を発動し、総合オブザーバーに旧ジオン系技術者のアレクサンドロ・ピウツスキ博士、可変機構及びムーバブルフレーム担当にゲルハルト・グルック博士、ジェネレーター及び熱核ジェット・ロケットエンジン担当にオスカー・ライエル博士などを招集した。この説によると、この時点で「Ζ計画」の名称が既に付けられていたとされるが、異説も多い。

まず「TMS用素体MS」として、アナハイムで2番目のガンダム「εガンダム」(エプシロンガンダム)の開発が始められた。εガンダムは更なる新素材ガンダリウムεを使用したためにそのコードネームが付けられたとされる。しかし、肝心のガンダリウムε自体の開発が進まなかったため、ガンダリウムの実験機を「εガンダム」に、可変機構の実験機を新たに「δガンダム」(デルタガンダム)のコードネームを名づけてM.ナガノ博士らの開発チームへ分割し、同時並行で性能競争を前提に開発することとなった。なお、このδガンダム以降は、使用しているガンダリウム合金とは関係がないギリシア文字のコードネームがつけられるようになっている。

δガンダムは、M.ナガノ博士により「百式」と名づけられ、また型式番号は MSN-100 (MSA-100) とMSN-001 (MSA-001) のダブルミーニングで「MSN-00100」となった。εガンダムは「エプシィガンダム」と名づけられたが、結局ガンダリウムεの開発自体が長期にわたることが判明し、核パルス推進装置ブロッサムと合わせ宇宙世紀0095年ごろの完成を目指した計画に変更されたという。なお、エプシィガンダムの型式番号は不明である。

量産機の開発 編集

一方、Ζ計画と直接の関係があるかどうかは不明だが、この時点で量産機の開発が行われている。

当時のエゥーゴの主力はジムIIだったが、その活動が拡大するに従い戦力の不足が問題となっていった。いくらコストを抑えたとはいえ、リック・ディアスは高性能すぎるため量産には不向きだった。そこでエゥーゴは大量生産向きの機体の開発を発注し、アナハイムはハイザックをベースにマラサイ(型式番号:MSA-002)を、ジムIIをベースにネモ(型式番号:MSA-003)を、それまでの開発で培った技術をスピンオフして開発した。

マラサイがちょうど完成した頃である宇宙世紀0087年3月2日、エゥーゴは「ガンダムMk-II強奪事件」を引き起こしグリプス戦役が勃発。ティターンズはアナハイムの事件への関与を疑い、その追及をかわすために先に完成していたマラサイはティターンズ側に譲渡され、エゥーゴ側にはネモが提供されることとなった。これにより、ガンダリウムγに関する技術もティターンズに渡ってしまっている。

その後、ネモの改修機・ネモII(型式番号:MSA-004, MSK-004)も開発されている。

Ζガンダムの誕生 編集

宇宙世紀0087年上旬には、アナハイム初の可変MSであるメタス(型式番号:MSA-005)と百式が完成した。メタスは簡易型の可変用フレームを導入した実験機であり、MA形態はAMBAC機能がほとんど無い宇宙戦闘機形態だったものの、可変機構の実現をついに成功させた機体である。しかし、百式はムーバブルフレームの耐久性に問題があり、結局可変MSとして開発することは断念され、次の「ζガンダム(Ζガンダム)」(ゼータガンダム)の開発に移ることとなった。一般的にはここで初めて "MSΖ" で始まる型式番号が使われるようになったため、「Ζ計画」の名称が誕生したのはこの時点であると考えられている。

Ζ計画ではまずエプシィガンダム・百式系のフレーム(TMS用素体MS)を流用したプロトタイプΖガンダムが開発され、Ζ計画を意味する "Ζ" の文字が含まれた「MSΖ-006X」という型式番号が与えられた。プロトタイプΖガンダムはメタスの実験データなどが導入されて開発が続けられていたが、ここでエゥーゴは「ガンダムMk-II強奪事件」を引き起こし、ガンダムMk-IIを入手。ティターンズのムーバブルフレーム技術を入手できたことでフレーム構造の問題が解決された。また、「ガンダムMk-II強奪事件」以降エゥーゴに参加した少年カミーユ・ビダンは、Ζ計画の一員だったアストナージ・メドッソと共にΖガンダムの開発を知ると、Ζガンダムの大気圏突入装備の一案であるフライングアーマーや、可変機構などのアイディアを提出した。

ピウツスキ博士、グルック博士、ライエル博士らによりこれらの技術が結集され、ついに軽装甲・高機動の高級可変MS「Ζガンダム」(型式番号:MSΖ-006)が完成したのである。宇宙世紀0087年7月のことだった。Ζガンダムの1号機はその後1ヶ月のテストを終え、カミーユ・ビダンの乗機として配備され実戦に投入されている。

Ζ計画のスピンオフ 編集

Ζガンダムの完成後も「Ζ計画」の名称で開発が進められた。Ζガンダムは量産に向かないフラグシップ機で、戦力の中心は量産機である。そのため、Ζガンダムの量産機へのスピンオフとして、量産型Ζガンダム(型式番号:MSZ-007)が計画された。しかし、変形機構が省略されたため性能の低下を招き、競合して計画されていた量産型百式改(型式番号:MSR-00100S)に敗れ、開発は中止された。

またカラバが独自に計画したΖプラスシリーズ(型式番号:MSK-006)は、その性能の高さから高性能量産機としてエゥーゴ・地球連邦軍内でも「MSΖ-006」の型式番号で一定数が採用された。さらにカラバはリック・ディアスを基にしてディジェ(型式番号:MSK-008)も開発し、少数を量産している。

Ζガンダムの後継機はΖII(ゼッツー)(型式番号:MSΖ-008)の名称で開発が進められた。Ζガンダムの開発チームによるMSΖ-008は航宙戦闘機への変形機構を備え、大型ビームライフルを機体ジェネレーターに外付けすることで高火力を実現した機体であり、Ζガンダムの正常進化型である。同機は変形機構を簡略化し総合的な運用性も向上されると期待されたが、設計が完了した時点でエゥーゴ上層部がθガンダム(ΖΖガンダム)の開発を優先する方針を採ったために廃案となった、但し実機が製作され実戦に参加した記録も残っている為、機体の開発計画自体が中止になったのかは不明である。

Ζ計画とガンダムMk-III、ガンダムMk-IVとの関係 編集

なお、フジタ博士らの開発チームにより、ガンダムMk-IIの発展機としてアナハイム・エレクトロニクス社製のガンダムMk-III(型式番号:MSF-007)が開発され、その技術情報を基にガンダムMk-IV(型式番号:ORX-012、MSF-008)が開発されている。ただし、これらはムーバブルフレーム機構の確認のために作られた単なる実験機のようである。

ガンダムMk-IIIには連邦軍製のガンダムMk-IIIイグレイも存在するために、アナハイム製のガンダムMk-IIIとガンダムMk-IVの関係ははっきりとわかっていない。またアナハイム製のガンダムMk-IIIと同じく実験機だったメタス同様に実戦投入されており、ガンダムMk-IVはマラサイ同様にティターンズの裏取引に使われたと可能性もある。

θガンダムとιガンダムの開発 編集

Ζガンダムの完成後、MSは一年戦争以来の連邦とジオンの技術融合の成果もあり、単機あたりの性能が飛躍的に向上していく。変形、大出力火器、そしてサイコミュの搭載といったそれまでは不可能と考えられていた機能の実現が可能となり、一機のMSに万能的な能力を要求する傾向が助長されていった。また、人的資源の観点からいずれの勢力も少数精鋭体制を採らざるを得ず、実効的な戦力であるはずの量産機の開発よりもフラグシップ機の開発が優先されるという偏った開発体制が容認されたことがMSの高級・高額化に拍車を掛けた。これらの要因が重なり、この時期MSのスペックは爆発的なインフレーション化を迎えることとなる。

Ζガンダムは変形機構による破格の汎用性と機動力を備えた優秀な機体だったが、宇宙世紀0087年以降、MSは特に出力・火力の面において性能向上が著しく、その性能的な優位性は長くは続かなかった。グリプス戦役末期にはアクシズのキュベレイやティターンズのジ・OといったΖガンダムを凌駕する性能の機体が出現し、エゥーゴはこれらに対抗する新型MSの開発をアナハイムへと打診する。

Ζガンダムの後継機としては、以前よりΖII (MSΖ-008) の開発が進められていたが、別部署によって開発された分離・合体機構を有するMSΖ-009(後にプロトタイプΖΖガンダムと呼ばれる機体)の設計案に破れ、廃案となっている。MSΖ-009は、可変MSとしてのΖガンダムの特性を受け継ぎ、更に分離・合体という新機構の可能性を検証するために試作された機体である。雛形であるA型は問題なく完成し、次いで出力向上型であるB型が製作された。これらの機体はΖガンダムを超えるスペックを達成したが、エゥーゴが要求する性能水準を満たすことは出来なかった。

アナハイムはエゥーゴの要請に応じ、Ζガンダムの変形機構にコア・ブロック・システムを加えた新機軸の機体を開発した。それがθガンダム(型式番号:MSΖ-010)及びιガンダム(型式番号:MSA-0011)である。

この二つの機体は設計の着手がほぼ同時期であり、並行して開発が進められた。アナハイム上層部には両機の開発部署を競合させることで機体の性能向上を促す意図があった様である。

ιガンダムはΖガンダムの設計部署によって開発されたΖ系MSの直系の発展機である。予め全ての機能を一つの機体に盛り込むのではなく、追加パーツ方式によって機体を仕様変更し、運用方針に特化した形態を得ることでMSの多機能性を模索した。Ζガンダムの一撃離脱の運用コンセプトを継承し、直線機動時の速力ではΖガンダムやθガンダムを上回る。装甲は既存のΖ系MSよりも上級のガンダリウム・コンポジットが使用されているが、運用コンセプト上、重装甲は施されていないが増加パーツ装着時にはIフィールド発生装置が装備され対ビーム兵器に対する防御に重きを置いている。武装は長射程のものを中心とし、遠距離レンジからの狙撃能力に秀でる。自律制御コンピューター「ALICE」によるフルオートの火器管制システムやインコムを搭載し、パイロットの技量に依存せずにニュータイプ専用機並みの性能を発揮できる。また、それぞれのパーツにはコクピットがある為コア・ファイターを必要とせず独立した運用も可能になっている。但し、フレームの構造上、専用のサポートパーツを装着しなければ巡航形態へと変形出来ず、逆にパーツ装着時には分離運用が不可能となる等、若干柔軟性を欠く点も存在した。コア・ブロックのみ大気圏突入が可能だが、突入後の減速を自力で行うことは不可能で、外部からのサポートを必要とする[1]。設計思想の面ではθガンダムよりも先進性が高いものの、頭頂高21.73m、全高25.18mに達しており、MSとしては大型機の部類に入る。

一方、θガンダムはRX-78 ガンダムに近い設計思想を有しており、単機での戦闘能力を追求した機体である。超高出力メガ粒子砲と全身に多数のロケットモーターを搭載し、火力と運動性ではιガンダムに勝っている。携行火器は戦艦の主砲に匹敵する威力を有し、装甲も非常に堅牢である。大気圏突入能力は持たないが、地上/宇宙はもとより木星圏や砂漠、水中と環境を問わず機体能力を発揮することが可能。管制システムにはバイオセンサーが導入されている。分離・変形システムはオプションを必要とせず、一騎の戦闘システムとして完結している。頭頂高はΖガンダムと同等の19.86m、全高22.11mに抑えられ、エゥーゴの艦艇規格にも適合した。θガンダムは総じて万能性の高い機体だったが、操縦難度は高く、パイロットへの負荷は大きい。また、単独の兵器としてはいささか過剰性能気味であり、その設計コンセプトを疑問視する声も存在した様である。

ιガンダムは順調に開発が進み、宇宙世紀0088年初頭には試作機が完成したが、グリプス戦役への投入には間に合わなかった。θガンダムは開発スケジュールの遅れから、ιガンダムより遅い宇宙世紀0088年3月に試作機が完成した。θガンダムは調整が不十分な状態のままロールアウトしたため、完成後も機体のアップデートが長期に渡って継続されている。

先行して完成したιガンダムは合計4機が製作された。その内の1機がグリプス戦役の終結時に発生した連邦軍教導団の反乱事件ペズンの反乱の鎮圧部隊であるアーガマ級巡洋艦ペガサスIIIに急遽編入され、Sガンダムの名称で実戦投入された。反乱軍の鎮圧に大きく貢献したものの、機体は戦闘によって喪失している。この他には地上に配備されている機体も確認されている。θガンダムの完成はそれと前後しており、アクシズの先遣部隊の前に苦境に立たされていたエゥーゴの残存戦力である巡洋艦アーガマへと配備され、同組織の最高位機種としてΖΖガンダムの名称を与えられた。但し、エゥーゴのエースであったクワトロ・バジーナやカミーユ・ビダンといったパイロット達はこの時点で既に失われていた為、非正規のメンバーであった民間人の少年ジュドー・アーシタが、θガンダムのパイロットを代行した。θガンダムは新たに勃発した第一次ネオ・ジオン抗争へと投入され、最終的にエゥーゴを勝利に導いた。

θガンダムとιガンダムは当時のMSの恐竜的進化の頂点に位置する超高性能MSであり、総合的な機体スペックでは拮抗していた。しかし、両機は競合機として開発された経緯もあり、ともにΖ計画の末端にありながらも機体コンセプトの相違が明確に顕れており、当時のMS開発の混沌とした状況を象徴する存在でもあった。また、高性能化の反面、機体構造の複雑化や高コスト化といった運用面での問題点が顕在化し、MSの技術的な限界が見え始めていた。このため、以後のMSはスペックのインフレーションに歯止めが掛けられ、シンプルな機体設計へとコンセプトが絞られていくこととなった。

その後 編集

ティターンズの崩壊後、旧ティターンズ系の技術を入手した機体も開発されている。バーザムを元に開発された量産機バージム(型式番号:MSA-008)は、当時の地球連邦軍の主力機ジムIIIを越える高い性能を持っていたために地球連邦軍において型式番号「RGM-87」が与えられ量産されることとなった。

他にも、ギャプラン以前にアナハイムとジャブロー基地との共同で開発されていた「Σガンダム」(型式番号:RX-183)という機体があり、カラバの要望で「MSK-009」の型式番号を与えて開発が続けられていた。さらにエゥーゴの要望でΖΖガンダムの後継機として「κガンダム」(カッパガンダム)というコードネームと「MSA-014」の型式番号まで与えられたといわれている。ただし、ΖΖガンダムのプロトタイプとする異説もあり、詳細は不明である。

なお、ΖΖガンダムの量産計画もあり、量産型ΖΖガンダム(型式番号:MSΖ-013)が設計されたが、量産型Ζガンダムと同じく、大してメリットが見出せなかったため、中止されている。

また、Sガンダムの後継機として、ニュータイプ専用MSの開発が計画され、「λガンダム」(ラムダガンダム)のコードネームと「MSA-0012」の型式番号が与えられた。Sガンダムが複雑になりすぎたため、λガンダムは分離合体可変MSではなく簡易的な可変MSとして開発されていたとされ、その技術をスピンオフした高級量産機ネロ(型式番号:MSA-007)もSガンダムの完成と同時期という早いうちに完成している。しかし、λガンダムが実際に開発されたかどうかは不明である。

この頃になると、エゥーゴは地球連邦と一体化してしまっており、さらに第一次ネオ・ジオン抗争も終結したため、Ζ計画自体が立ち消えとなってしまったようである。しかし、Ζガンダムの量産計画も再度検討されており、変形機能を廃し新たにバック・ウェポン・システム (BWS) を導入したΖプラスR型(型式番号:MSΖ-006R, RGΖ-006)が開発された。その発展型として宇宙世紀0092年の第二次ネオ・ジオン抗争の頃にはリ・ガズィ(型式番号:RGΖ-91)も開発されているが、BWSという概念自体の欠点により、量産には至っていない。一方、ΖII(ゼッツー)を設計ベースにRGM-89ジェガンとの共用規格を持つリゼル(型式番号:RGΖ-95)が開発されRGM系では初の可変量産型MSとして連邦軍に採用された。但しこれらの機体開発計画がΖ計画に含まれるか否かは定かではない。

Ζ計画の発展によって開発された主なモビルスーツ 編集

ギリシア文字コードネームを冠するガンダム
γガンダム系列
δガンダム系列
εガンダム系列
ζガンダム系列
ηガンダム系列
  • MSZ-007 レイピア(コードネーム:ηガンダム
θガンダム系列
ιガンダム系列
λガンダム系列
  • MSA-0012 (MSA-111) λガンダム(コードネーム:λガンダム
    • MSA-007 ネロ
κガンダム系列
  • MSA-014 (MSK-009, RX-183) Σガンダム(コードネーム:κガンダム
ギリシア文字コードネームを冠さないガンダム
ガンダム以外のMS

アナハイム・ガンダム 編集

Ζ計画以降、アナハイム・エレクトロニクス社によって開発された、ギリシア文字によるコードネームをつけられたガンダムタイプMSを俗にアナハイム・ガンダム (ANAHEIM GUNDAM) と呼ぶ。

概要 編集

ガンダム開発計画の情報は長らく封印されていたため、一般に知られていたアナハイムが開発した最初のガンダムはγガンダム(リック・ディアス)だった。最初に開発された機体が"γ"のため、「αガンダム」や「βガンダム」などというものは存在しない。技術者同士の隠語としてはαガンダムを「RX-78 ガンダム」あるいはガンダリウムα(ルナチタニウム合金)で製造したアナハイム製のガンダムである「ガンダムGPシリーズ」と呼ぶ。そして、βガンダムを「ガンダムMk-II」「ガンダムGPシリーズ」などを指す言葉として使い、さらに3番目のガンダムという意味でγガンダムの「リック・ディアス」も使っていたようだが、あくまでアナハイムの技術者などによる、内部におけるジョークのようなものとされているテンプレート:要出典

なお、γガンダムとεガンダムのコードネームは使用しているガンダリウム合金に由来する。純粋に単なるコードネームとしてギリシア文字がつけられるようになったのはδガンダムが初であり、またεガンダムとδガンダムの開発順は前後していることになる。この他、型式番号を見る限りではκガンダムとλガンダムの開発順も前後しているが、詳細は不明である。

アナハイム・ガンダムの系譜は実際のところ、宇宙世紀0085年に開発されたγガンダムから宇宙世紀0093年に開発されたνガンダムまでで、宇宙世紀0105年に開発されたξガンダム(Ξガンダム)はνガンダムにあやかって名づけられただけに過ぎない。Ξガンダムが許されるならば、ギリシア文字によるコードネームは付かないがアナハイム・ガンダム20周年記念で開発されたことになっているオデュッセウスガンダムも、アナハイム・ガンダムと呼んでよいとする説もある。

νガンダム開発計画 編集

Ζ計画の末期、ニュータイプ専用MSとしてλガンダムの開発が行われた。このMSが完成したかどうかは定かではないが、第一次ネオ・ジオン抗争が終結し、エゥーゴが消滅した後でも、技術の停滞を避けるため新たなMSの開発は行わねばならなかった。

宇宙世紀0090年頃、地球連邦軍に復帰していたアムロ・レイ大尉の要請で新たにニュータイプ専用MSを開発することとなり、λガンダムの延長として、「μガンダム」(ミューガンダム)のコードネームと「RX-90」の型式番号が与えられた。一般的には、ここで初めてΖ計画以外でのアナハイム・ガンダムが誕生したと考えられている。μガンダムはかつてのガンダム (RX-78) のようなオーソドックスなMSとしてデザインされ開発が続けられたが、サイコフレームとサイコミュ・システムの開発が思うように進まなかったため、ニュータイプ専用機としての機能を満たさないまま、次の「νガンダム」(ニューガンダム)の開発に進んだようである。

宇宙世紀0092年、νガンダムは「RX-93」の型式番号が与えられ、アムロ大尉自身の設計により開発が始められた。第二次ネオ・ジオン抗争の勃発により早急に完成させなければならなかったものの、完全なサイコフレームが導入されたことによりサイコミュ・システムの感受性が高められ、実戦に導入可能となった。ただし、このサイコフレームはアナハイムの別部署が開発したサザビーに搭載されていたネオ・ジオン系の技術だった。

νガンダムは急遽開発された機体だったため、実際の完成機はHi-νガンダム(型式番号:RX-93-2)だと言われている。しかし、Hi-νガンダムの完成時にはアムロ大尉は行方不明となっており、実際に搭乗可能な人物はもはやいなかった。

また、量産機として量産型νガンダム(型式番号:RX-94)が計画され少数が生産された。非ニュータイプパイロットでも扱えるようにインコムを装備したタイプもあったが、機体の能力を十分に引き出せたパイロットは少なかったようである。

宇宙世紀0096年には連邦宇宙軍再編計画である「UC計画」に関連してユニコーンガンダム(型式番号:RX-0)が開発されている。ムーバブルフレームそのものにサイコフレームを使用した「フルサイコフレーム構造」を実現したMSであった。このフルサイコフレーム構造のテスト機として宇宙世紀0094年にシナンジュが開発されているが、こちらはガンダムというよりも同じグラナダ工場で開発されたサザビーの形状に近いものである。このシナンジュは同年にネオ・ジオン残党軍である「袖付き」に強奪されている(強奪と見せかけた裏取引による譲渡であるという説もある)。

ユニコーンガンダムには、そのフルサイコフレームを生かすために「NT-D」サイコミュオペレーションシステムが搭載されており、システム発動時には圧倒的な機動力を得ることが出来るものの、パイロットへの負担から制限時間などのリミッターが課せられている。

アナハイム・ガンダムの系譜はこのユニコーンガンダムをもって一時的に途絶え、次の機体が登場するのは9年の時を待たねばならない。

Ξガンダム開発計画 編集

宇宙世紀0100年を越えた頃になると、ミノフスキークラフト技術が向上し、MSに搭載可能な大きさまで小型化することができるようになった。

宇宙世紀0104年、秘密結社マフティーの主導者マフティー・ナビーユ・エリンから、アムロ・レイ大尉の遺志を継ぎνガンダムの次である "ξ"(Ξ)の文字がつけられたガンダムを開発して欲しいという要望があり、また新たにギリシア文字を関したモビルスーツを開発することとなった。コードネーム「ξガンダム(Ξガンダム)」(クスィーガンダム)、型式番号「RX-105」が与えられた。

まずプロトタイプとして、MSとしては初めてミノフスキークラフトを搭載した、オデュッセウスガンダム(型式番号:RX-104)を開発した。この名称は、最初のアナハイム・ガンダムであるリック・ディアスが開発されてから20周年の年に開発された機体であるため、20年の航海の末に国へ帰還したギリシア神話英雄オデュッセウスに由来すると説明されている。オデュッセウスガンダムにはいくつかのオプションユニットが装備可能であり、最も基本的な単機能フライトユニット(ペーネロペーユニット)が装着されたペーネロペー(型式番号:RX-104FF)と呼ばれる形態で地球連邦軍に引き渡された。

そして、オデュッセウスガンダムの開発で培われた技術を元としてΞガンダムは完成し、マフティー側に引き渡され実戦に投入されている。Ξガンダムはオプション機能を必要とせず、単体で飛行が可能だった。

さらにΞガンダムの発展型としてコードネーム「οガンダム」(オミクロンガンダム)が計画されたというが、詳細は一切不明である。アナハイム・ガンダムはこのοガンダムを最後に確認されていない。

εガンダム 編集

εガンダム(エプシィガンダム)」(EPSY GUNDAM[2])はアナハイムで2番目に開発が始められたガンダム。百式(δガンダム)の素体となった可変試験機と共通の機体を利用し、百式に前後してロールアウトしたものとみられている。 この機体は核パルス推進システムをMS搭載用にダウンサイズした「システム・ブラッサム」の試験を目的として建造された。宇宙世紀0086 - 87年にスタートし、0090 - 95年の完成を目標とした長期的計画に基づくものだったとされているが、後にそれが完成の日の目を見たのかは判っていない。ただひとつ、0087年4月13日にテストの失敗が記録されているのみである。

また、もうひとつの特徴として、この機体には更なる新素材ガンダリウムεを使用していた事が挙げられ、それが名前の由来ともなっている。

出典はモデルグラフィックス。

レイピア(ηガンダム) 編集

ηガンダム(エータガンダム) - MSΖ-007 「レイピア」、「レイピアI」またはMSΖ-008(ΖII)やMSΖ-010(ΖΖガンダム)同様にΖの名を冠して「ΖレイピアI」といわれている。稀に「レイピア・ガンダム」や「ガンダム・レイピア」といった表記も見られる。

レイピアは公にΖガンダムと同意の位置にある可変MSである。ガンダムMk-IIのムーバブルフレームの設計に影響を受け、また本来は可変型MSだった百式(δガンダム)の開発系統の延長線上にあったΖガンダムに対し、本機はリック・ディアスの設計を担当したチームが製作に関与しており、リック・ディアス系の発展をも念頭に置いていると言われている。

外見的にはΖガンダムよりも無骨な体型をしている。背中には全長約17mと長大な、Ζガンダムの様なバインダーを持つ。両肩にビームキャノンらしき突起物があり、股間には変形した際に垂直翼になるものがある。腰の両サイドにはリックディアス系で装備されていたバインダーをビームキャノン化したものが備わっており、Ζプラスの大腿部ビームキャノンと同様の働きをしたと考えられる。事実、本機の開発担当チームはΖプラスの最初のモデルであるMSK-006の設計書を相当に意識していたと言われている。

第一種装備と呼ばれるレイピアIは大気圏突入用のフライングアーマーの他、重攻撃型MA仕様のウィングブースター、そしてウェイブライダー形態でのみ使用されるエキステンションブースターなど、全5種のオプションが用意されているという。

レイピアIとよく名付けられているが、レイピアII、レイピアIIIと後に続く機体が作られたかは不明である。一般的に世に知られる第一種装備の仕様を「I」と指し「レイピアI」と名付け、第二なら「レイピアII」、三種なら「レイピアIII」と換装される度に末尾の数字も変化したのではないかといった説も浮上している。また、それぞれの装備の仕様にΖガンダム3号機の各タイプで先行して評価試験されていた機構との類似性を指摘する声もある。

Ζガンダムの完成以後もΖ計画は継続され、当時のアナハイム・エレクトロニクスは複数の開発部署が互いに可変型MSの開発競争をしていたことが資料文献から見受けられる。本機もそういった状況下に製作された物のひとつであり、Ζガンダムのロールアウトから半年以上後、ちょうどジャミトフ・ハイマンの死去やペズンの反乱の勃発と同日の宇宙世紀0088年1月25日に実機の完成まではこぎつけたものの、その後の経緯に関しては判然としていない。

なお、本機に関しては、型式番号が量産型Ζガンダムと同じとなっているという点が度々指摘されている。Ζガンダムの前段階に位置する非可変のプロトタイプΖの仕様を直接反映したが、コスト高騰などの理由で百式系量産化計画に譲るかたちで廃案となった量産型Ζから、宙に浮いていたと思しきMSΖ-007のポストを引き継ぐかたちを採っていたのではないかとも言われているが、定かではない。またはその逆も考えられる。そして、同一型式番号が存在する点はジオン公国軍におけるMS-16 (YMS-16) ナンバーの複数の機体群にも類似性を見出せる。

出典は月刊モデルグラフィックス、「GUNDAM WARS PROJECT Ζ」、「GUNDAM WARS II MISSION ΖΖ」等。

Σガンダム(κガンダム) 編集

κガンダム(カッパガンダム) - MSA-014(MSK-009, RX-183)Σ(シグマ)ガンダムとは2体の飛行型MAが合体変形するガンダムである。

当初はアナハイム社によって連邦軍用の機体(RX-183)として提案されたものだが、ムラサメ研究所に開発が移管されている。計画の源流は古く、ガンダムMk-IIの試作機と同時期に提示されていた案のひとつだったとされており、ORX-005ギャプランやサイコガンダム系列の開発に影響を与えたといわれている。その後さらにエゥーゴやカラバのものに相当するナンバーが与えられている事から、世に知られる完成形に到達するまでに紆余曲折を経た様子が想像できる。

最終的にはアナハイムガンダムシリーズの枠組みに編入され、κガンダムのコードネームが与えられているが、Σガンダムが俗称として知られている。後述するヴァリアントガンダムにも当初シグマガンダムの名が冠されていたが、直接的な関係が存在したのかは分かっていない。しかし、それぞれ宇宙世紀0093年と0095年に相次いだ木星圏におけるネオ・ジオン残党の反乱に投入されたという記録が残っている。

外観の様相はΖガンダム(ζガンダム)の様なバインダーを背中に2つ持ち、上半身はΖΖガンダム(θガンダム)にも似た印象である。足のすねの部分にBパーツの巨大翼になるものの突起物が一目で分かるように付いている。変形後の機体はシグマフライヤーと呼称され、さらに分離も可能である。上半身(Aパーツ)はシグマアタッカー、下半身(Bパーツ)はシグマフライヤーとなる。MS形態時はBパーツ側のパイロットが機体操縦を担当し、Aパーツのパイロットは火器管制を行う。Aパーツにはサイコミュを搭載可能な設計となっている。また、ある段階では推進システムにミノフスキークラフトの技術を応用したものを使用していたとも言われているが、それが実用に耐えうるものだったのかに関しては定かではなく、当時の技術体系と照らし合わせれば懐疑的な意見が多い。

武装はファンネルミサイルの元になったミサイルとされるサイコミュミサイル、ビットや有線サイコミュハンドを搭載。しかも、頭部にハイメガ砲も付いていると言われている。

当初は1985年に「マイアニメ」誌上に掲載されたもの。モデラーの揚田幸夫によって考案され、小林誠による設定が付け加えられたオリジナルMSだった。初出から二年後の1987年には「月刊ホビージャパン」の企画「Mobile Suit in Action ジオンの星」に登場し、MSK-009の型式番号と宇宙世紀0093年に木星圏でのネオ・ジオン残党掃討に投入されたというエピソードが付け加えられた。その翌年には「モデルグラフィックス」の「アナハイム・ガンダム一覧表」にRX-183(κガンダム)として記載され、同誌別冊ムック「ガンダム・センチネル」ではさらにMSA-014の型式番号が与えられる事となった。このように、モデラー発祥のオリジナル設定でありながら、複数の誌面を跨いで設定が付け加えられていった極めて珍しい例であった。本項ではそれぞれの記事の内容を統合する形で編集した。

λガンダム 編集

λガンダム(ラムダガンダム)は、型式番号MSA-0012(MSA-111)のモビルスーツ。スペック以外に全身の外観がどのようなものだったかは発表されていないが、上半身の設計はネロの上半身の設計の基となっているという設定のみが明らかとなっている。余談ではあるが『SDガンダム外伝 機甲神伝説III 運命の三騎士』に『闘士ラムダガンダム』が登場する。顔とV字の角はΖΖガンダム様である。特にV字の角はZZの様に頭部ハイメガキャノンが付いている様である。ヘルメットに当たる部分はSガンダムの様なヘルメットである。額部分は他のヘルメット部分より一段高くなっており、頬にはSガンダムの様に排気ダクトの様な物が見られるがダクトの溝の形がSガンダムは横だが闘士ラムダガンダムは縦になっている。

出典はモデルグラフィックス

μガンダム 編集

μガンダム(ミューガンダム)は型式番号YRA-90Aを持つアナハイム・エレクトロニクス社開発のMSである。νガンダムの基礎となった性能試験用の機体だが、サイコミュやサイコフレームの類は取り付けられてもいない。

全体的なシルエットはνガンダムの形状と似ており、全体的にνガンダムよりも角が立った形状である。顔もほぼνガンダムと同様で、角は4本。ビームライフルも、νガンダムのそれに近い構造である。

PC-9801用ゲーム『機動戦士ガンダム ADVANCED OPERATION』に登場した。

バリアントガンダム 編集

バリアントガンダム(Vガンダム・Valiant Gundam)は「コミックボンボン」のメカニックデザイン企画『MSV90』で生まれたガンダムである。型式番号はJRX-0095-V1(RX-95)。当初、本機の名称は「シグマガンダム」とされていたが、建造が進むと変更が行われていった。同じく「シグマ」の名を冠した前出のΣガンダム(κガンダム)との直接的な関係性は不明であり、本来それがアナハイム・ガンダムシリーズ上の「σガンダム」を指す物であったのかも言及されていない。

目立つ特徴として、ΖΖガンダムのビームキャノン兼ビームサーベルやミサイルポッドと同様の突起物がバックパックから出ている。X字のウイングが背中から4つ出ている。また、両手はバウに似ている。顔は初代ガンダム顔に近いが、ほほの窪み部分が青く染められているので、従来のアナハイムガンダムらしさはない。角は4本。コクピットは首の下に設置されている。

バックウェポンシステムとコア・ブロック・システムを融合させたバリーズユニットを持つ 。

バリーズファイター(コア・ファイター)は複座式で、太陽風で推進するを装備している。『機動戦士ガンダムSEED C.E.73 STARGAZER』に登場するスターゲイザーのヴォワチュール・リュミエールに似た原理であるといえる。また、Ξガンダムと同様のビームバリアーを装備している。

設定によれば、第二次ネオ・ジオン抗争の後、木星圏へ逃れたネオ・ジオン残党が結成した反地球連邦組織・ジュピターファントムに対して、宇宙世紀0095年に地球連邦軍が戦艦に改造し木星へ派遣したジュピトリス級超大型輸送船の中で製造組み立てが行われた新型試作MSである。先に触れたMSK-009「Σガンダム」に関しても宇宙世紀0093年に木星圏で同様の作戦に投入されたという記録が残っており、本機の当初の名称変更の経緯とも併せて、両者に何らかの関係があったのではないかと憶測を呼んでいる。だが、それ以上の確たる詳細は明らかとなっていない。

Valiantの意味は「(人・行為が)勇敢な」、「雄々しい」、「英雄的な」などである。

出典は「コミックボンボン」1989年8月号 - 1990年7月号。同誌の企画「MSV90」の主軸として、開発の経緯を追う形で不定期に展開されていた。当初は名称を「シグマガンダム」として発表されていたが、前述のΣガンダムとのバッティングなどの事情から、間もなく「V(バリアント)ガンダム」と名称が変更された。ただ、いずれの「シグマガンダム」も「木星圏におけるネオ・ジオン掃討作戦に投入された」というストーリーが共通していた事から、その点において両者の関連性を見出そうという動きもある。

1980年代後期から1990年代初頭にかけて展開された雑誌オリジナルの外伝企画には、『プロジェクトMUSHA』(コミックボンボン 1989年3月号 - )や『機動戦士VS伝説巨神 逆襲のギガンティス』(長谷川裕一著)など、「シャアの反乱」前後の木星圏を舞台にしたものが非常に多く、『バリアントガンダム』のストーリーもそのひとつとなっている。

ユニコーンガンダム 編集

RX-0 ユニコーンガンダムは、宇宙世紀0096年に地球連邦軍の「連邦宇宙軍再編計画」の一環である「UC計画」によりロールアウトしたアナハイムのMSである。

その名の通り、一角獣ユニコーンを模した一角型アンテナとシンプルな純白の概観を持つ。当機の最大の特徴は、「フルサイコフレーム」と呼ばれる骨格であるムーバブルフレームがサイコフレームで構成されていることである。NT-Dと呼ばれる特殊プログラムが起動することにより、フェイスガードと全身の装甲が展開して体格が一回り大きくなり、象徴たる一角はVアンテナに展開しガンダムタイプへと変化。極めて高い機体追従性を発揮することが可能となっている。

グラナダで計2機製造された。1機は工業コロニー「インダストリアル7」にあり、もう1機は地球に下ろされ、重力下テストが行われている。

詳細はユニコーンガンダムを参照

アナハイム・ガンダム一覧 編集

  • γガンダム(ガンマガンダム) - RMS-099 (MSA-099, MSA-009) リック・ディアス
  • δガンダム(デルタガンダム) - MSN-001デルタガンダム, MSN-00100 (MSN-100) 百式
  • εガンダム(エプシロンガンダム) - エプシィガンダム
  • ζガンダム(ゼータガンダム) - MSΖ-006 Ζガンダム
  • ηガンダム(エータガンダム) - MSΖ-007 レイピアI
  • θガンダム(シータガンダム) - MSΖ-010 ΖΖガンダム
  • ιガンダム(イオタガンダム) - MSA-0011 (MSΖ-011) Sガンダム
  • κガンダム(カッパガンダム) - MSA-014 (MSK-009, RX-183) Σガンダム
  • λガンダム(ラムダガンダム) - MSA-0012 (MSA-111) λガンダム
  • μガンダム(ミューガンダム) - RX-90 (MSA-1111) μガンダム
  • νガンダム(ニューガンダム) - RX-93 νガンダム
  • ξガンダム(クスィーガンダム) - RX-105 Ξガンダム
  • οガンダム(オミクロンガンダム) - οガンダム
  • πガンダム(パイガンダム)- πガンダム
  • ρガンダム(ローガンダム)- ρガンダム
  • ユニコーンガンダム - RX-0

参考文献 編集

関連項目 編集

脚注 編集

  1. 『ガンダム・センチネル』劇中ではガルダ級輸送機に空中収容された。
  2. ε(epsilon)をもじって「EPSY」と名づけられた。
zh:Ζ計劃
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